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平成30年 5月 2、3日 3日は朝6:00まで雨で天気を心配したが両日とも五月晴れだった。
(2018年)  花受け 384件 2,320,000 入場者16万5千人 青梅駅乗降者数4万人
      
         祭典委員長    田中 陽一、 拍子木 村木 徳昭
         山車保存会会長  斉藤 年正  勝沼囃子会会長 神田 綾悟
         梶切会会長    太田  稔、 勝沼会会長   鈴木 裕二

平成30年 4月21日〜5月3日
(2018年)  勝沼町山車幕新調を祝う会・・青梅信用金庫ショーウインドウに山車模型や彫刻絵巻、拍子木展示
         代表 大鳥 憲吾
    


平成30年 4月 8日山車幕お披露目
(2018年)  祭典会議において新調した山車幕が紹介された。
         詳細は--->山車幕更新委員会へLINK




平成29年 5月 2、3日  両日とも五月晴れの最高の祭り日和だった。
(2017年)  花受け 407件 2,366,000円 入場者     人

         祭典委員長    根岸 典史、 拍子木     久保  稔
         山車保存会会長  斉藤 年正  勝沼囃子会会長 神田 綾悟
         梶切会会長    太田  稔、 勝沼会会長   伊藤 幸寛


平成28年 5月 2、3日  両日とも五月晴れの最高の祭り日和だった。
(2016年)  
花受け 389件 2,315,000円 入場者12万8,000人

         祭典委員長    野崎 康生、 拍子木     中村 精吉
         山車保存会会長  斉藤 年正  勝沼囃子会会長 神田 綾悟
         梶切会会長    太田  稔、 勝沼会会長   田中 陽一

         今年から4町競演後JR青梅駅前迄山車曳行後引返した。

平成27年 5月 2、3日  両日とも五月晴れの最高の祭り日和だった。
(2015年)  花受け 392件  2,366,000円 祭典本部発表人出 14万人
         祭典委員長    中村 浩三、 拍子木     山口 正人
         山車保存会会長  斉藤 年正  勝沼囃子会会長 神田 綾悟
         梶切会会長    斉藤竹次郎、 勝沼会会長   本間 恒男

平成27年 4月18日 春季山車点検での
「山車額交換の件却下」
         昨年11月の勝沼神社例大祭以降に、山車の「額」は昔、山車の裏表1対になった額であり、
         昭和25年時の写真を元に模写した額を作ったので、現行の博山氏寄贈の「額」と交換する
         提案があった。しかし、春季山車点検清掃時、保存会会長および提案者が会員へ納得する
         説明が出来ず、自爆・自滅した。
         
博山先生の額は既に30年近い歴史がある。当時に交換した理由を説明出来る人はいなくなった。
         故・西村万太郎氏の「表裏一対」が意向と言う言葉が突然出て来て、交換の理由にしてるが
         これは模造品だ!。
         博山先生の額が盗難や落下して割れてしまい、緊急に必要になったので、
         昔に戻って一対の額を作りましょう!となったならともかく、
         昔の本物が出て来るまで模造品で代行するでは交換する理由にならない。
         よって、現状のままとする。・・と会員一同から却下された

         なお、本件の詳細は
LINK->「山車額」についてを参照


平成26年 6月 9日 青梅市に初めて、防災速報!非難情報、非難準備情報が発令された。
(2014年)     15:50分には土砂災害警戒情報が携帯にメッセージと警報音♪ そして梅雨で大雨が続いた。
      6月12日午後、雨で都心の空も綺麗になったのか、都心のビル街が見え、東京スカイツリーを見つけた          LINK→ 東青梅から東京スカイツリーが見える。 


平成26年 5月 2、3日  両日とも五月晴れの最高の祭り日和だった。
(2014年)  花受け 388件   2,310,000円
         祭典委員長    久保 洋二、 拍子木     田村 和明
         山車保存会会長  斉藤 年正  勝沼囃子会会長 田中 勝広
         梶切会会長    斉藤竹次郎
、 勝沼会会長   町田 太一


         
山車保存会のホームページを10年振りにリニューアルして、
         ドメイン名も日本語ドメインを取得。http://青梅大祭.com/とした。

         拍子木は東1の田村さん、ちょうちん持ちは娘さんとご子息  

   10年振りにリニューアルしたホームページ



      9月7日東京オリンピック2020年開催決定
      
国際オリンピック委員会(IOC)はブエノスアイレスで開いている125次総会で、2020年夏季オリンピック・パラリンピック開催都市を
        決める投票を行い、東京を開催地に決めた。東京でのオリンピック開催は、1964年大会以来56年ぶり2度目となる。
        なお、東北の震災復興とオリンピック施設建設が競合し、復興の妨げになっていること及び、今後日本に起こるであろう2016年福島問題
        (国全体が放射能による健康障害)で国力が衰退し、環境や食品など放射能汚染とあわせて開催が困難になるという意見も有る。

             

平成25年 5月 2、3日 青梅大祭両日とも5月晴れ!気温も良好

(2013年)  花受け 411件  2,430,000円
         祭典委員長    田中 章弘、 拍子木     塩野 順一
         山車保存会会長  斉藤 年正  勝沼囃子会会長 田中 勝広
         梶切会会長    斉藤竹次郎
、 勝沼会会長   石川 浩司



2013年より祭り半纏が変わりました。       2012年までの祭り半纏


集合写真の撮影日が2日に変更、撮影場所も青信前道路でなく火のみやぐら前となりました。


平成25年 4月20日 春季山車清掃点検で、車輪のささくれをグラインダーで削る
           「田中テント」様より、雨天時の山車の覆い寄贈
           山車のあかりはLEDに変更


  

  田中テント店寄贈・雨天時の覆い      山車車輪のササクレ補修




平成24年 8月6日 「本庄まつり」バス研修旅行実施

平成24年 5月 2、3日 青梅大祭両日とも大雨(3日16時頃雨が上がり4町競演は
               盛り上がった!気温も良好!

(2012年)  花受け   件  2,385,000円
         祭典委員長    吉永 博治、 拍子木     田中  正
         山車保存会会長  田中 嘉明  勝沼囃子会会長 田中 勝広
         梶切会会長    斉藤竹次郎
、 勝沼会会長   野村  
 





 
    新・青梅市役所庁舎に入る勝沼の山車            旧・青梅市役所
 2011年は大祭が中止だった為、初めて山車が新.青梅市庁舎に入ります。(右は旧庁舎風景)






平成23年 青梅大祭は東日本大地震(2011/03/11)で中止
(2011年)  

  東北地方にマグニチュード9.0の大地震及び津波による大被害で神社庁の
          自粛要請を踏まえ第一支会として中止した。
          なお、
          東北地方は逆に復興の為に東北六魂祭として、第一回の祭りを仙台に結集して盛り上がった。

          青梅は地震による長い揺れはあったが、直接の被害は無かった
          無計画な計画停電で電車や工場が数週間に渡り混乱した。
          また福島の原発事故による放射能汚染は東京を含め関東地方全域も被害を受けた。
          奥多摩の日原・棚沢一帯は高濃度放射能汚染地帯である。

          さらに、東北六魂祭は東北の各県を毎年順繰りに実施されるようになったが
          福島県での放射能汚染地帯(程度の差あれど全地域汚染)でも実行され、
          復興の名の元に放射能安全神話に利用されはじめ観光で来る若人の被爆が心配された。

          チェリノブイリ事故では事故後4〜5年目からさまざまな健康被害が多発しており
          福島だけでなく西日本列島全体にどんなことが、今後起こるのか注視していく必要あり。
          既に、2011年時点で日本各地で若人を含み突然死が増えているし、動植物の奇形が
          多数報告されている。
             
祭典には関係ないが重要事項なので資料を添付して状況を報告する。

福島原発事故の放射能汚染分布

福島原発事故で大気から放射能汚染した世界地図


福島原発事故で起こした太平洋放射能汚染MAP

福島の人は風評被害を招くと言う圧力で本当が言えない

東京都の汚染状況(各地域名は下の地図で参照)

奥多摩の高濃度汚染地帯

日本近辺の海洋汚染

忘れてはいけない日本は火山地帯の上に原発がある

東京都の市町村位置

東京湾の放射能汚染(多摩川だけでなく荒川河口も問題


1986年のチェルノブイ゙リ事故後平均寿命が下がっている

チェルノブイリ事故後5年目から各種病気が多発している

国の避難基準は法律を無視している
チェルノブイ゙リでは5msv/年以上は移住対象
福島は20msv/年以上が居住制限区域
日本の基準20msv/年は原子力関係者のみ立入れる管理制限区域

事故後食品の放射能汚染基準が見直されたが、事故前より大幅にゆるくなっている。子供の内部被爆が心配だ!




平成22年 5月 2、3日 
(2010年)  花受け   件  2,495,000円
         祭典委員長    伊藤 正利  拍子木     久保 洋二
         山車保存会会長  神田  繁  勝沼囃子会会長 
         梶切会会長    斉藤竹次郎
、 勝沼会会長   藤井  久

         山車綱を新調
         2008年(平成20年)3月から建設工事を行ってまいりました青梅市の新庁舎が2010年(平成22年)5月末に完成し、
               旧庁舎からの移転作業を経て7月20日に新庁舎での業務を開始致しました。
               その後、旧庁舎の解体工事や庁舎西側敷地の整備工事、周辺道路の整備工事を行い、2011年(平成23年)4月末に
               すべての事業が完成しました。







  

   もうすぐ取り壊しとなる旧・青梅市庁舎前にて最後の写真(右は取壊中の庁舎)




平成21年 5月 2、3日 
(2009年)  花受け   件 2,609,500円
         祭典委員長    田中 啓滋、 拍子木     
         山車保存会会長  神田  繁  勝沼囃子会会長 
         梶切会会長    斉藤竹次郎、 勝沼会会長   大越  猛


平成20年 5月 2、3日 青梅大祭(2日雨、3日は雨、午後天気回復)
(2008年)  花受け 453件  2,574,800円
           祭典委員長    中村  光男、 拍子木    藤野 正義、
         山車保存会会長  神田  繁  沼囃子会会長 長谷川 力
         梶切会会長    斉藤竹次郎  勝沼会会長  高木 安男 

      

平成19年 5月 2、3日 青梅大祭(2日晴天、3日晴天)
(2007年)     花受け    件 2,568,000円
               祭典委員長      大田   稔、  拍子木     諸井  満、 
            山車保存会会長  神田  繁  囃子会会長 長谷川 力
            梶切会会長    斉藤竹次郎  勝沼会会長  斉藤 譲一

平成19年 1月20日 山車保存会の30周年経過を記念して新年会実施。
            保存会会員の奥様による新舞踊や囃子会によるライブが記念式典として実施
            尚、山車保存会は満31年である為、遅ればせながら節目のお祝いを実施。







   



平成18年11月18日 山車保存会「とちぎ秋まつり」研修バス旅行 合計44名参加、5年に1度の
            お祭りだけに応募者多数で満員御礼の状態であった。
平成18年 5月 2、3日 青梅大祭(2日雨天、3日は晴天で、心地良い日和だった。)
(2006年)     花受け    件      円
          祭典委員長       内藤 益宏、    拍子木 田中  稔、勝沼

         山車保存会会長  並木 勝好   囃子会会長 長谷川 力
         梶切会会長    斉藤竹次郎   勝沼会会長   根岸 典史
今年は山車の車輪の面取りをしました。町内の専門家?が数時間掛けて車輪が割れぬよう頑張りました。
また、今年は赤と青の鬼が山車の中で賑わった。3日は天狗が一本下駄で出没、青梅街道を練り歩いた。

2日は雨の為お面が傷むとの配慮で天狗が出なかった。




平成17年10月 8日 山車保存会「佐原の秋祭り」研修バス旅行 囃子会4名、自治会長2名含み
            合計31名参加
平成17年 5月 2、3日 青梅大祭(2,3日ともに晴天、日焼けでつらかった)
(2005年)     花受け    件      円
            祭典委員長 高橋 新二、拍子木 平原 順一、勝沼会会長 斉藤  哲

            山車保存会会長  並木 勝好  勝沼囃子会会長 野崎 康生
            梶切会会長    斉藤竹次郎
今年は囃子会の天狗が一本下駄で出没、山車の先頭に露払いを兼ねて数百メートル練り歩いた。


平成17年  4月      
山車保存会がホームページに載せているお囃子を、音楽CDに製作。
                   (保存会、囃子会、勝沼会の三者共同で実施し、各役員・会員へ限定配布)

平成16年 5月 2、3日 青梅大祭(2,3日ともに晴天、日焼けでつらかった)
(2004年)     花受け 473件 2,544,000円
            祭典委員長 藤野 正義、拍子木 大田  稔、勝沼会会長 馬場 一直

            山車保存会会長  並木 勝好  勝沼囃子会会長 野崎 康生
            梶切会会長    斉藤竹次郎
平成16年 4月    今年から「住吉神社 青梅大祭」は、青梅の観光の目玉としてPRする為
(2004年)     住吉神社に触れず、「青梅大祭」とし、中央線沿線全ての駅にポスター
            を張り出す事になった


平成16年 1月    勝沼町山車保存会として当ホームページを作成し、山車保存会新年会で
(2004年)     御披露した。

平成15年11月29日 
勝沼会40周年記念式典開催(青梅市福祉センター)
(2003年)     久保正臣氏デザインの巾着袋(唐子と龍のデザイン)配布される。

平成15年 5月 2、3日 青梅大祭 
(2003年)     祭典委員長 諸井  満、拍子木 内藤 益宏、勝沼会会長 清水 義信

            山車保存会会長  並木 勝好  勝沼囃子会会長 野崎 康生
            梶切会会長    斉藤竹次郎
平成14年10月12日 山車保存会「鹿沼秋祭り」研修バス旅行 囃子会4名含め30名参加
平成14年 5月 2、3日 青梅大祭 
(2002年)     祭典委員長 塩野 義彦、拍子木 木村 政巳、勝沼会会長 田中 保弘

            山車保存会会長  田中  昭  勝沼囃子会会長 野崎 康生
            梶切会会長    斉藤竹次郎
平成13年 5月 2、3日 青梅大祭 (3日は朝から土砂降りの雨、出発を1時間おくらせた。)
(2001年)     祭典委員長 大鳥 憲吾、拍子木 渡辺 紀一、勝沼会会長 久保 洋二
            山車保存会会長  田中  昭  勝沼囃子会会長 久保  稔
            梶切会会長    斉藤竹次郎
平成12年 5月 2、3日 青梅大祭 
(2000年)     祭典委員長 神田  繁、拍子木 原島 正之、勝沼会会長 吉澤  武
            山車保存会会長  田中  昭  勝沼囃子会会長 久保  稔
            梶切会会長    斉藤竹次郎
平成11年 5月 2、3日 青梅大祭 自前の梶きり復活   
(1999年)     祭典委員長 澤田  豊、拍子木 中村 光男、勝沼会会長 田中  正
            山車保存会会長  田中  昭  勝沼囃子会会長 久保  稔  
            梶切会会長    斉藤竹次郎
平成10年 5月 2、3日 青梅大祭 
(1998年)     祭典委員長 原島 正之、拍子木 田中 啓滋 、勝沼会会長 山崎 雄一
            山車保存会会長  中里 清治  勝沼囃子会会長 久保  稔

平成 9年 5月 2、3日 青梅大祭 
(1997年)     祭典委員長 宮田 任三、拍子木 塩野 茂雄、勝沼会会長 中村 精吉
            山車保存会会長  中里 清治  勝沼囃子会会長 山中 清司

平成 8年 5月 2、3日 青梅大祭 
(1996年)     祭典委員長 並木  祥、拍子木 斉藤 年正、勝沼会会長 塩野谷幸夫
            山車保存会会長  小方 康次  勝沼囃子会会長 山中 清司

平成 7年 5月 2、3日 青梅大祭 
(1995年)     祭典委員長 並木 貞男、拍子木 丸山 儀男、勝沼会会長 大田  稔
            山車保存会会長  小方 康次  勝沼囃子会会長 山中 清司

平成 6年 5月 2、3日 青梅大祭 

(1994年)     祭典委員長 内野 暢雄、拍子木 東  征幸、勝沼会会長 内藤 益宏
            山車保存会会長  小方 康次  勝沼囃子会会長 山中 清司
金棒・拍子木衣装更新、青梅大祭実行委員会による祭典開始




平成 5年 5月 2、3日 青梅大祭 
(1993年)     祭典委員長 阿部 一夫、拍子木 並木 勝好、勝沼会会長 諸井  満

            山車保存会会長  小方 康次  勝沼囃子会会長 田中 章弘

平成 4年 8月22日 山車蔵建設記念として青梅市文化財保護審議委員 齋藤 愼一先生による
            「青梅のおまつり」講演会開催
平成 4年 5月 2、3日 青梅大祭 花受609件、3,087,000円
(1992年)     祭典委員長 田中 秀幸、拍子木 大鳥 憲吾、勝沼会会長 諸井  満

            山車保存会会長  橋本 萬吉  勝沼囃子会会長 田中  栄

平成 4年 4月29日 新・山車蔵完成祝賀会開催
平成 3年12月29日 新・山車蔵に山車入庫
平成 3年 9月 1日 山車蔵建設のため山車を仮小屋に移動

平成 3年 5月 2、3日 青梅大祭 
(1991年)     祭典委員長 吉崎 建治、拍子木 並木 孝祐、勝沼会会長 田中 啓滋

            山車保存会会長  橋本 萬吉  勝沼囃子会会長 田中  栄

平成 2年 5月 2、3日 青梅大祭 花受610件、2,856,000円
(1990年)     祭典委員長 橋本 初男、拍子木 田中 昭夫、勝沼会会長 村田 勝美

            山車保存会会長  橋本 萬吉  勝沼囃子会会長 田中  栄
平成 2年 1月16日 山車小屋問題検討会

平成 元年 5月 2、3日 青梅大祭 青梅駅前4町競演始める
                   花受596件、2,838,000円
(1989年)     祭典委員長 清水 保男、拍子木 木崎 昌夫、勝沼会会長 中村 光男

            山車保存会会長  橋本 萬吉  勝沼囃子会会長 細谷 泰弘

昭和63年 5月 2、3日 青梅大祭 花受592件、2,749,000円
(1988年)     祭典委員長 田中 久雄、拍子木 田中 康文、勝沼会会長 丸山 儀男

            山車保存会会長  橋本 萬吉  勝沼囃子会会長 細谷 泰弘

昭和62年 5月 2、3日 青梅大祭 花受582件、2,661,000円
(1987年)     祭典委員長 佐藤  孝、拍子木 鈴木  豊、勝沼会会長 並木 孝祐

            山車保存会会長  橋本 萬吉  勝沼囃子会会長 細谷 泰弘

昭和61年 5月 10、11日 青梅大祭 東京サミットの関係で大祭日変更
                   花受584件、2,580,000円
(1986年)     祭典委員長 石川  久、拍子木 合崎 福男、勝沼会会長 大鳥 憲吾

            山車保存会会長  橋本 萬吉  勝沼囃子会会長 田中  徹

昭和60年 5月 2、3日 青梅大祭 花受592件、2,564,000円
(1985年)     祭典委員長 田中  茂、拍子木 小澤 政雄、勝沼会会長 萩原  實

            山車保存会会長  橋本 萬吉  勝沼囃子会会長 野崎  勝

昭和59年 5月 2、3日 青梅大祭 花受597件、2,530,000円
(1984年)     祭典委員長 川上  清、拍子木 門倉 可就、勝沼会会長 田中 昭夫

            山車保存会会長  山本 木三  勝沼囃子会会長 野崎 康生


昭和58年 5月 2、3日 青梅大祭 花受 2,416,000円
(1983年)     祭典委員長 木南 繁一、拍子木 眞壁  保、勝沼会会長 小澤 政雄

            山車保存会会長  山本 木三  勝沼囃子会会長 峰岸 正利


昭和57年 5月 2、3日 青梅大祭 花受600件、2,353,590円
(1982年)     祭典委員長 松岡 繁行、拍子木 細谷 満治、勝沼会会長 眞壁  保

            山車保存会会長  山本 木三  勝沼囃子会会長 峰岸 正利

昭和56年 5月 2、3日 青梅大祭 花受615件、2,255,000円
(1981年)     祭典委員長 吉澤吉太郎、拍子木 佐藤  進、勝沼会会長 小峰  弘

            山車保存会会長  山本 木三  勝沼囃子会会長 峰岸 正利

昭和55年 5月 2、3日 青梅大祭 花受620件、2,244,000円
(1980年)     祭典委員長 吉野源太郎、拍子木 大久保正一、勝沼会会長 並木 貞男

            山車保存会会長  峰岸 啓造  勝沼囃子会会長 峰岸 正利

昭和54年 5月 2、3日 青梅大祭 花受615件、2,063,000円
(1979年)     祭典委員長 田中 信治、拍子木 小峰  弘、勝沼会会長 田中 信治

            山車保存会会長  峰岸 啓造  勝沼囃子会会長 峰岸 正利




昭和53年 5月 2、3日 青梅大祭 花受603件、1,917,000円
(1978年)     祭典委員長 並木 保治、拍子木 原島 好男、勝沼会会長 鈴木  豊

            山車保存会会長  峰岸 啓造  勝沼囃子会会長 峰岸 正利

昭和52年 5月 2、3日 青梅大祭 花受601件、1,769,000円
(1977年)     祭典委員長 橋本 萬吉、拍子木 阿部 一夫、勝沼会会長 青柳 弘一

            山車保存会会長  峰岸 啓造  勝沼囃子会会長 峰岸 正利

昭和51 5月 2、3日 青梅大祭 青梅駅前広場完成 各町の山車引込み
                   花受596件、1,584,000円
(1976年)     祭典委員長 山本 木三、拍子木 田中 正男、勝沼会会長 田中 秀幸

            勝沼囃子会会長 沢田 育久


昭和50年 6月14日 勝沼山車保存会誕生(前身の勝沼はやし保存会から名称変更)

昭和50年 5月 2、3日 青梅大祭 花受650件、1,315,000円
(1975年)     祭典委員長 松原 和佐、拍子木 原島 英雄、勝沼会会長 吉澤吉太郎

            勝沼囃子会会長 沢田 育久

昭和49年 5月 2、3日 青梅大祭 花受541件、1,125,500円
(1974年)     祭典委員長 斎藤 篤雄、拍子木 吉野 元康、勝沼会会長 田中 正男

            勝沼囃子会会長 沢田 育久

昭和48年 5月 2、3日 青梅大祭 花受509件、865,000円
(1973年)     祭典委員長 高山 正吉、拍子木 川杉 太助、勝沼会会長 高山  紀
            勝沼囃子会会長 古谷 次郎
昭和47年 5月24日 勝沼はやし保存会設立
(1972年) 
昭和47年 5月 2、3日 青梅大祭 花受505件、780,000円
(1972年)     祭典委員長 森本 和男、拍子木 鈴木 常雄、勝沼会会長 神田  繁
            勝沼囃子会会長 古谷 次郎
昭和46年 7月 1日 町名変更があり、宮本町が墨江町に、下町が本町、英町が仲町、福井町
(1971年)     が上町、鶯町が森下町になった。そして住吉神社の氏子外
の町内が
            加わって12台の山車が勝沼から日向和田の青梅街道
3キロに渡って
            拍子木、手古舞を先頭に巡行するようになった。
昭和46年 5月 2、3日 青梅大祭 花受436件、588,000円
(1971年)     祭典委員長 大鳥憲太郎、拍子木 青柳 弘一、勝沼会会長 吉永 一郎
            勝沼囃子会会長 古谷 次郎
昭和45年 5月 2、3日 青梅大祭 花受470件、609,000円
(1970年)     祭典委員長 小嶋 修次、拍子木 井村 英廣、勝沼会会長 田中  豊
            勝沼囃子会会長 田中  昭
昭和44年 5月 2、3日 青梅大祭 花受453件、512,500円
(1969年)     祭典委員長 小嶋 修次、拍子木 田中 秀幸、勝沼会会長 清水 保男
            勝沼囃子会会長 田中  昭
昭和43年 5月 2、3日 青梅大祭 花受406,300円
(1968年)     祭典委員長 山本  俐、拍子木 神田  繁、勝沼会会長 東  慎次
            勝沼囃子会会長 田中  昭
昭和42年 5月 2、3日 青梅大祭 本年度より4月27、8の大祭を5月2,3日となった。
                           花受    360,500円
(1967年)     祭典委員長 武藤 清八、拍子木 吉澤吉太郎、勝沼会会長 木崎 昌夫
            勝沼囃子会会長 田中  昭
昭和41年 4月27,28日青梅大祭 花受   311,499円
(1966年)     祭典委員長 伊藤 喜作、拍子木 東  愼次、勝沼会会長 石川  久

            勝沼囃子会会長 田中  昭
昭和40年 4月27,28日青梅大祭 花受403件、304,400円
(1965年)     祭典委員長 並木長三郎、拍子木 清水 保男、勝沼会会長 清水 昇司

            勝沼囃子会会長 田中  昭
昭和39年 4月27,28日青梅大祭 花受392件、260,300円
(1964年)     祭典委員長 田中 覚造、拍子木 田中 信治、勝沼会会長 原島 英雄

            勝沼囃子会会長 伊藤 良男
昭和39年 4月 3日 勝沼会誕生
(1964年)     青年団の資格要件に年齢制限があり、男25、女24以上はより所が
            無く、自治会役員には早いということで、勝沼会が作られた。
            この会が次年度の拍子木を選定依頼するようになった。
            初代勝沼会会長 原島 英雄


昭和38年 4月27,28日青梅大祭 
(1963年)     祭典委員長 武藤 清八、拍子木 古川 義勝
            勝沼囃子会会長 伊藤 良男
昭和37年 4月27,28日青梅大祭 花受395件、22,3100円
(1962年)     祭典委員長 新井 昭則、拍子木 木南 繁一
            勝沼囃子会会長 伊藤 良男(37年に勝沼囃子会と名称変更・・・田中 昭氏談)
昭和36年 4月27,28日青梅大祭 花受398件、218,250円
(1961年)     祭典委員長 田中 覚造、拍子木 原島 五平
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎



昭和35年 4月27,28日青梅大祭 花受381件、198,500円
(1960年)     祭典委員長 齋藤 定雄、拍子木 金田 重二
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎

昭和34年 4月27,28日青梅大祭
(1959年)     祭典委員長 木南 新平、拍子木 白井  尚
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和33年 4月27,28日青梅大祭
(1958年)     祭典委員長 木南 新平、拍子木 久保誠太郎
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和32年 4月27,28日青梅大祭 花受 460件、202,060円
(1957年)     祭典委員長 木南 新平、拍子木 高橋 光次
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和31年 4月27,28日青梅大祭 花受413件、195,600円 両日雨天
(1956年)     祭典委員長 木南 新平、拍子木 井上 鳥三
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和30年 4月27,28日青梅大祭   花受 491件、207,400円
(1955年)     祭典委員長 木南 新平、拍子木 斎藤 守久

            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎



昭和29年 4月27,28日青梅大祭 花受 204,300円
(1954年)     祭典委員長 木南 新平、拍子木 大久保惣平 

            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和28年 4月27,28日 青梅大祭
(1953年)     拍子木 田中信太郎
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和27年 4月25日 青梅大祭 初めて根ケ布へ山車曳行
(1952年)     拍子木 木崎 清吉
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和26年10月 1日 青梅市制施行祝賀 現4小学校開校 花受 366件、141,500円
(1951年)     拍子木 田中 福二
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和25年 4月27、28日 青梅大祭 花受399件、122,000円
(1950年)     祭典委員長 松本 治三郎、拍子木 田中 市松 
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和24年 9月19日 勝沼神社例祭 花受 373件、127,700円 手古舞2名は付人
(1949年)     委員長 松本治三郎、拍子木 秋山 幸二
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和24年 9月 5日 格納庫完成

昭和24年 4月28日 勝沼山車建造祝賀会 花受 87,450円
            拍子木 井村 英秋

昭和24年 4月28日 勝沼山車完成   
            島村家から購入した彫り物は、地元の大工職人、車大工職人、鍛冶職人、
            板金職人の念入りな技工で修繕修復が施され立派な
山車が新造された。
            新造作業場所は、2丁目柿沢通りから根ケ布に至る旧道のところにあった
            石川木材店の製材所を利用した。

昭和24年 3月 4日 着工
(1949年)     建造委員長:新井愛之助
            大工責任者:西村万太郎
            同会計  :清水松太郎 
            山車上体大工:西村万太郎、阿部雄三、吉野武三、中村守太郎、
                   田中友吉、塩野和一、岡部繁、阿部一夫
            鍛冶工:野崎徳吉、野崎邦夫
            山車屋根:田中榮造、田中武三郎、田中周吉、田中弘助、田中豊
            車輪:峯岸吾三郎、峯岸啓造
            格納庫:塩野和一、田中友吉、岡部繁、西村万太郎、清水松太郎、
            吉野武三、中村守太郎、石井卯一、阿部一夫
            基礎工事:吉沢亀吉 


昭和24年
 3月 3日 大工責任者と契約 契約額 三拾五萬五千円(355,000円)


昭和24年 2月15日 設計完了

昭和24年 2月
10日 設計開始


昭和24年 2月
 9日 西村万太郎、峯岸吾三郎 各氏が森下山車見学


昭和24年 2月 8日 山車建造委員長 新井愛之助、西村万太郎、清水松太郎、阿部雄三、
            吉野武三、中村守太郎、木崎政雄 各氏により仲町山車見学




昭和23年 9月19日 勝沼神社例大祭
(1948年)     拍子木 松原 伊助
昭和23年 4月28日 青梅大祭 雨天 石畑より山車借り入れ
            拍子木 新井 昭則

            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和23年ごろ青梅勝沼ものがたり著者の記憶)
            山車を作ることに熱心な新井愛之助(3丁目)氏が西分神社入口の鳥居
            西隣にある菓子処「臼屋」の屋号の岡野菓子店の先代森之助さんの親戚で
            田
無に住む大工さんが武蔵野市境町の得意先である島村家が屋敷内の倉庫
            に山車の屋台
があるから欲しい方があれば譲りたいと言う話を聞いた。
            この話
を親戚の岡野さんに話し、岡野さんは知人の新井さんに話した。
                   新井氏は同町内の峯岸木工所の主人五三郎氏を誘い運送業の福島亀太郎
            (1丁目)氏のトラックに乗り、3人で
武蔵野市境町の島村家を訪ねる。
            屋敷内の屋台は古く埃りやすすまみれだったが彫刻が素晴らしく、
            出かける時用意した礼金を差し出して勝沼に持ち帰った。これらは
            公会堂に並べて披露した。


昭和22年 5月 3日 憲法発布祝典 瑞穂町石畑より山車借用

(1947年)       拍子木 田中福蔵
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎


昭和21年 9月19日 戦後21年の勝沼神社祭礼では、青年団が主催して、西分より山車を借りて
(1946年)     曳いた。

            当時は勝3が5月に食料飢餓突破対策委員会を設立して食料対策に専念
            した。「こんな時期に山車を曳くなんてとんでもない」と言う人も居
            たが「こんな時期だからこそ明るく元気に」と青年団が一丸となり実行
            した。山車曳きに参加した人は先の二千六百年記念祭の時の山車曳きの
            衣装で参加した。

            祭典委員長 大鳥憲太郎、拍子木 平子順太郎 花受439件 17,515円
            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和19年 7月 1日 牛浜、川井、古里、鳩ノ巣、白丸、氷川(現在の奥多摩)駅誕生

(1944年)
昭和17年 8月 1日 東中神駅誕生

(1942年)
昭和15年11月10,11,12日

(1940年)        紀元二千六百年記念式典の時も石畑の山車を借りた。
                   祭典委員長・拍子木 は勝3 新井愛之助(後日山車建造委長)
                   一戸から必ず一人参加の要請で、3日間多数参加、拍子木の木組みも
            10組そろえた。当時の勝沼大道りは、現在と比べ道幅が狭かった。
            この時、初めて木遣りが始まった。(古曽木郷の旧家、
田中刀称吉氏指導
            で木遣りの会)

昭和14年 9月19日 勝沼神社例祭の時は石畑から山車を借りた。
(1939年)     祭典委員長・拍子木 は当時1丁目区長の松本治三郎

            勝沼囃子連師匠 西村 萬太郎
昭和13年       勝沼囃子連設立
(1938年)     この頃は勝沼に山車が無かったので、霞村藤橋、石畑(瑞穂町)、西分
            から借りてお祭りをした。山車を曳く度に多くの祭衆や青年団の中から、
            青梅の中で一番戸数の多い勝沼に山車が無いのは残念、山車が欲しいと
            言う声が上がっていた。
            13年4月青年団の役員5人が集会所(公会堂東隣の斉藤家の座敷を借
            りていた)に集まっていた時、春風に乗って祭り囃子の音が聞こえて来た。
            (その日は方々で祭りが有った)吉野村の畑中神社に行くことに決め、
            祭り見物をした。畑中の囃子連の祭り囃子に浮かれ、花返しの接待に招
            かれた時、畑中の囃子連幹部から囃子が気に入ったのなら勝沼でも始め
            たら!と薦められ、翌日の夜、5人が発起人となり囃子連を設立する
            ことに決めた。

                   お囃子の道具は町内に山車が欲しいと言う有志が多く寄付金が集まり
            東京浅草の祭具問屋宮本卯之助商店で購入した。
            囃子の師匠は畑中囃子連の紹介で成木出身の西村萬太郎(後年勝1に
            移住)氏にお願いし、会員は青少年たちに志願者が多く募集はスムーズ
            に進んだ。練習の場所は消防団に依頼し、当時の農林学校正門の近くに
            あった詰め所を借りた。注文の道具が届く前から練習が始まった。
            発起人5人は、石川福蔵26歳、長澤泰次郎26歳、久保好広24歳、
            斉藤篤雄22歳、松崎茂(夏雪)(青梅勝沼ものがたりの著者)22歳
            である。


昭和12年12月25日 昭和前(現在の昭島)駅誕生 
(1937年)
昭和 7年10月 1日 東青梅駅 誕生 
(1932年)
昭和 6年       東青梅駅新設準備

(1931年)     勝沼町有志による新駅建設交渉が鉄道会社に泊り込んでまで行われたため、
            篭城話となって新聞沙汰になる。こう言う事も効果して、鉄道会社から駅
            の土地、駅舎建築費用を勝沼負担で行う条件で認可された。土地は幾人か
            の地主との交渉で無償提供、駅舎建設は駅建設話の発端となった青梅の
            有力者が無利子で用立て、長い年月をかけ祭りの費用を切り詰めたり町会

                   の運営費用を節約して返済された。

昭和 5年10月28日 佐久間街道開通

(1930年)     この頃から青梅鉄道会社(現在の青梅駅)に新駅建設の陳情開始

昭和 5年       東青梅駅新設のため「東青梅開発新興会」結成


昭和 4年       地元民や小曽木、成木方面の人々の東京方面移動の便宜と地元発
展の為、
(1928年)     東青梅駅建設案が勝沼住民の8人の有志に起こる。

昭和 4年 9月 1日 軍畑、沢井、御嶽駅誕生

昭和 3年11月13日 楽々園(現在の石神前)駅誕生

(1928年)
昭和 3年11月 3日 昭和天皇御大典の時、石畑から山車を借りる。
            祭典委員長・拍子木 は4丁目の東 種吉

昭和 2年 2月20日 河辺駅 誕生

(1927年)
大正12年 4月    青梅鉄道の電化 
(1923年)

大正 9年 1月 1日 二俣尾駅 誕生
(1920年)
大正 7年       青梅町青年団創設
(1918年)     青梅町青年会が勝沼、西分、日向和田を加えて支部制となる。

大正 4年11月10日 大正天皇御大典の時、霞村藤橋から山車を借りる。
(1915年)     祭典委員長・拍子木 は4丁目(現勝3)の大鳥 浅造

明治44年       勝沼神社に桜の木を献じた青年団の記念碑あり(石段下の東裏)。

(1911年)        当時の団員69人

明治41年10月 1日 中神駅 誕生
(1908年)
明治28年11月19日 日向和田駅(現在の宮ノ平駅)誕生

(1895年)

明治27・8年     勝沼青年(会)団設立
            日清戦争当時、戦に召集されなかった若者が出征兵士の歓送会や家庭訪問・労働奉
            仕をしたのが始まりで、町内の道普請、どぶ攫
い、祭礼のしたく・片付けほか社会
            奉仕活動をモットーに設立さ
れた。


明治27年11月19日 青梅鉄道が立川〜青梅間営業開始 

(1894年)        

















更新日:2018年05月13日

この資料の出展元は以下の通りです。

1、松崎夏雪氏著書「青梅勝沼物語」
2、山車保存会歴代総会資料
3、勝沼会創立40周年記念誌
4、囃子会野崎氏、山車保存会 田中昭・斉藤竹次郎氏調査
5、勝沼公会堂金庫保管資料
6、大鳥憲太郎氏の「勝沼町山車曳航の歴史」資料

7、遠藤純一が毎年追加更新





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